前回は、ユダヤ教を起源とする「アブラハムの宗教」(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)の基本についてご説明しました。
今回は、インド発祥の主な2大宗教「仏教」「ヒンドゥー教」についてご説明したいと思います。
なお、インドの宗教の特徴として内容が異常に哲学的で難解という点が挙げられます。
考えた人が自分にだけ分かる言葉、表現を使っているため論理性を欠く部分があり、イメージしにくい概念が多いのです。
(つまり、何を言っているのかよくわからない、ということ)
インドの宗教を紹介するWEBサイトなどを読んでも、いまいち意味が理解できないものが多いという印象です。
このサイトでは、なるべく平易な言葉で、簡潔に、論理的に理解できるよう説明していきたいと思います。
(宗教の専門の方には怒られるかもしれませんが)
「仏教」や「ヒンドゥー教」は、かつてインドに存在した「バラモン教」という宗教の考え方がベースになっていますので、まずは「バラモン教」について説明していきたいと思います。
バラモン教
バラモン教とは、かつてインドに存在した宗教で、現在では「ヒンドゥー教」に形を変えて信仰されています。
バラモン教の教義は、仏教やヒンドゥー教などインド発祥の宗教に多大な影響を与えています。
<バラモン教の成り立ち>
古代のインドでは、自然信仰を中心とした様々な民族信仰が存在していました。
そこに、紀元前1300年頃からアーリア人(イランの人々)が侵入し、様々な民族信仰を取り込んで1つの宗教が形作られました。
これが「バラモン教」です。
<バラモン教の教義>
バラモン教で信仰される神は天・地・太陽・風・火などを司る自然神で、その神は1つではない多神教です。
これらの神を祀り、信仰することで災厄を逃れ、幸福になる
というのが基本的な考え方の1つです。
そしてもう1つ重要なのが「輪廻」という考え方。
人間は死んだら生まれ変わる。そして、現世で行った行為(業・カルマ)によって、その生まれ変わる先が決まるという考え方です。
生まれ変わる先は6つあります。
①地獄道
②餓鬼道
③畜生道
④修羅道(闘争の世界)
⑤人間道
⑥天上道
文字で何となくわかる通り、①が最も辛く、⑥が最も幸せな転生先となります。
現世で善行を積んだものはより幸せな先に生まれ変われ、現世で悪行を積んだものはより辛い先に生まれ変わる、というわけです。
転生先には人間界も含まれていますが、人間界の中でも幸せ、不幸せが明確に区別されることを人々に理解させるために、身分制度が設けられました。
神を祀る神事を取り扱う「バラモン」(司祭階級)で、その下に「クシャトリヤ」(戦士、王族階級)、「ヴァイシャ」(庶民階級)「シュードラ」(奴隷階級)の4つの階級が作られました。
これにより、善行をつめばより高い階級に、悪行を積むとより低い階級に生まれ変わる、ということを人々に信じさせていました。
また、人生を4つの段階に区切り、それぞれであるべき姿を示した「四住期」の思想があります。
①学生期…ヴェーダについて学んだり、クシャトリヤなら武術や行政など、身分にあった勉強を行う時期
②家住期…結婚し男子をもうけ、家業を絶やさず繫栄させていく時期
③林住期…孫が誕生した後は、家を離れ解脱に向けた修行、禁欲的な生活に努める時期
④遊行期…林住期の後、住まいを捨てて放浪し、最終的な解脱を目指す時期
<バラモン教のその後の展開>
当初のバラモン教では神を信仰し、善行を積むことでより高い「天界」に転生することを目標とし、輪廻は永遠に続くものであると考えられていました。
しかし、この永遠に続く輪廻から抜け出す方法(解脱)が模索されます。
解脱は以下の方法により行われる、と考えられました。
(この辺りから考え方が難解になっていきますので、なるべく簡潔にご説明します。)
まず、世の中の存在を2つに分類します。
1つが神が創造した、宇宙の根本原理(原子・分子や自然現象など)。これを「ブラフマン(梵(ぼん))」と呼びます。
もう1つが、個々の人間の魂や心(自我)。これを「アートマン(我(が))」と呼びます。
我々人間にとっては、肉体は仮の姿で、真の姿は「アートマン」と呼ばれる魂。
そのアートマンは、仮の肉体を転々とする永久不滅の存在である、と考えます。(これが輪廻の根拠)
同様に神が創造した宇宙の根本原理である「ブラフマン」も、永久に変わることのない、永久不滅の存在である、と考えられます。
これらを突き詰めていくと、「アートマン」も「ブラフマン」もいずれも永久不滅の存在であるという点から、究極的にはアートマン(個々人の魂)とブラフマン(宇宙原理)は同じものなのだ、という境地に至るそうです。
そしてこの境地に至ることができれば、我々人間は輪廻から解放され、自由になり、あらゆる苦しみから解放される、と説きます。
輪廻から解放されることで別の生き物に生まれ変わるのではなく、永久不滅の存在である宇宙(≒神)と同一化する、ということです。
「???」と思われた方、安心してください。私も何を言っているかほとんどわかっていません。
しかし、これ以上に簡潔な説明はできないため、ご容赦ください。
この「アートマン」と「ブラフマン」が同一であるという考えは「梵我一如(ぼんがいちにょ)」と呼ばれ、この頃のインドの哲学である「ウパニシャッド哲学」の中心となった思想です。
これらの輪廻や解脱、梵我一如の考えが書かれたのが「ヴェーダ」という書物で、バラモン教の聖典となりました。
バラモン教はインドの中心的思想として広がっていきましたが、紀元前5世紀頃から、バラモン教の持つ身分制度に反発する思想、宗教が現れてきます。そのうちの1つが後ほど説明する仏教です。
その後バラモン教は勢力を失っていきますが、西暦300年頃から、インドの他の民族宗教を取り込み、考えを再構築することで「ヒンドゥー教」として発展していくこととなります。
仏教の基本
仏教は世界で約5億人が信仰する宗教であり、東アジアを中心に、日本でも多くの信者のいる宗教です。
その仏教は紀元前5世紀ごろ、インドで誕生しました。
<仏教の成り立ち>
前述のとおり、紀元前5世紀頃のインドでは主にバラモン教が信仰されていました。
その頃、インドの王族の家に生まれたのが「釈迦」です。
釈迦は王族として不自由のない暮らしをしていましたが、城の外で老いた老人、病人、死者と出会うことで、人生には様々な苦しみがあることを知ります。
そして、そうした苦しみから逃れる方法、人生の真実を追求しようと29歳でこれまでの生活を捨て、修行の旅に出ます。
釈迦は修行において、断食や、屋根の下に入らない、服を着ない、座らないなど様々な苦行を体験します。
しかし、過度な快楽と同様、過度な苦行も人間には不適切である、と説きます。
そして35歳の時、瞑想により人生の苦から逃れる方法にたどり着きます。(=悟りを開いた)
インドでは悟りを開いたものを「仏陀」と称しており、釈迦も「仏陀」となり、仏教徒の信仰の対象となっています。
<仏教の教え>
仏教の教えは、バラモン教の教えを引き継いでいるものが多くあります。
そのうちの1つは、人間の命は死んだら生まれ変わるという「輪廻」の思想。
そして、悟りの境地に達することで輪廻から逃れる「解脱」の思想です。
バラモン教と異なる点は解脱するための思考法です。
バラモン教では、人間の自我(魂)は不滅のものであり、それが永久不滅の宇宙原理と同一である、と理解することで解脱することができました。
一方で仏教は、人間の自我(魂)が不滅のものである、ということを否定します。
人間の自我(魂)を含む、すべてのものは時と共に変化し、絶対的な存在はない、ということを説きます。(諸行無常)
さらに、世の中の物事は絶対的なもの、不変なものはなく、全ての物事は周りとの関係性によって存在し、また周りとの関係性で変化していくという「空」の思想を説きました。
(全ての物事はドーナツの穴のようなもので、ドーナツがあるので「穴」として存在していられるだけで、ドーナツがなければ「穴」も存在しない、ということ)
このように、人間の自我(魂)や全ての物事は常に移り変わるもの、元々存在しないものである、と考えることで、
様々な欲望から解放されることができ、その境地に達することで、解脱することができる
というのが仏教の考える解脱です。
(例)
・ものやお金はいつかなくなるものなので、いつまでも執着していてもいけない
・「高い地位」というものは、低い地位と比較して存在するように見えるだけで、実際にはそんなものは存在しない
また、全ての物事には「原因がある」と考える因果論も仏教において非常に重要な考え方です。
これらをまとめると、
人は煩悩(人を悩ませる心の働き)により、様々な欲望が生まれ、それにより苦しんでいる。
物事は常に移り変わり、絶対的な存在ではないことに気が付くこと、
また、苦しみには必ず原因があり、その原因を取り除くことで欲望から解放されること。
それにより輪廻から解放されること(解脱)を目指す
というのが仏教の基本的な教えです。
非常に難解で、いかにも哲学的なインド宗教という感じがします。
その他、仏教の特徴としては、バラモン教の持つ身分制度は苦しみを生む一因であるとして否定していること。
また、神という存在は認めているものの、それは人間界とは別の天界に住む一種の種族であり、宇宙を創造した存在などではなく、信仰の対象ではないことなどがあげられます。
<仏教のその後>
釈迦の死後、弟子たちによって釈迦の教えが仏典としてまとめられ、仏教として1つの形が整えられました。
その後は、紀元前3世紀頃、その解釈をめぐって様々な部派に分裂していきます。
初期仏教の保守派で、現在では「上座部仏教」などと称される部派は、出家(修行)して悟りを開いたものだけが救われると考えます。
一方、革新派であり「大乗仏教」と称される部派は、釈迦の教えを大衆に広めていくことで、大衆も救われる、と考えます。
インドでは後ほど説明するヒンドゥー教の隆盛により仏教は衰退していきますが、東アジアへと広まっていくこととなります。
上座部仏教はタイ、ミャンマーなどに伝わり、現在も存続しています。
タイでは仏教徒の男子は必ず出家するのが社会的に望ましいと考えており、それはこの上座部仏教的な考え方によるものです。
一方大乗仏教は中国などの東アジアに伝わり、やがて日本にも伝来してきました。
日本にも様々な宗派の仏教がありますが、その多くはこの「大乗仏教」に分類されるものです。
ヒンドゥー教の基本
ヒンドゥー教はインド国内で10億人、その他の国も含めて約11億人が信仰している宗教です。
<ヒンドゥー教の成り立ち>
前述のとおり、紀元前5世紀頃から、仏教の隆盛などによりバラモン教は衰退していきます。
その後、西暦300年頃から、従来のバラモン教に民間の宗教を取り入れ「ヒンドゥー教」へと変化していきます。
<ヒンドゥー教の教え>
ヒンドゥー教の教えは、その成り立ちからわかる通り、バラモン教の教えを多く引き継いでいます。
具体的には以下のようなものを引き継いでいます。
①現世の行いが転生後に影響を与える「輪廻」の思想
②永久に続く「輪廻」からの「梵我一如」の悟りによる「解脱」
(これはバラモン教のところを参照してください)
③人生を4つに分け、それぞれあるべき姿を示した「四住期」の思想
④バラモン教の身分制度を引き継いだ「カースト制度」
これは、単なる階級を示すのみでなく、つける職業にも影響を与えました。
【カースト制による階級】
・ブラフマン(バラモン)…司祭など神聖な職業に就くことができる。
・クシャトリヤ…王や貴族。武力や政治力を持つ身分。
・ヴァイシャ…主に商業に就くことができる。
・シュードラ…主に農牧業や手工業に従事する「大衆」を指す
(かつての奴隷的な意味合いは現代ではなくなっている)
上記4つの身分以外に、身分そのものを持たない「アチュート(ダリット)」と呼ばれる存在があり、現代では差別などの人権問題となっています。
また、以下のようにヒンドゥー教独自の思想が作られています。
まずは信仰する神。
バラモン教では天・地・太陽・風・火などを司る自然神が信仰されていましたが、ヒンドゥー教では主に3つの神を信仰します。
ブラフマー…宇宙、世界に実存・実在の場を与える神
ヴィシュヌ…宇宙、世界の維持、平安を司る神
シヴァ…宇宙、世界を創造し、その寿命が尽きた時に破壊、破滅を司る神
※上記以外にも数多くの神が存在する多神教です。
ヒンドゥー教では、ガンジス川は、神の体を伝って流れ出た聖水であり、聖なる川であるとされます。
ガンジス川沿いには沐浴場が整備された聖地が点在しています。
食事では不殺生を重視し、菜食主義者が多いのが特徴です。
また、牛は神聖な動物とされます。(起源は不明とのこと)
日本でもストレッチ的な意味でブームとなっている「ヨーガ」はヒンドゥー教において
「心身の鍛錬により肉体を制御し、精神を統一して解脱に至る宗教的行法の1つである」とされます。
<ヒンドゥー教のその後>
その後はインドにキリスト教やイスラム教が接近し、1858年にはイギリスの植民地となります。
イギリスの植民地となったインド帝国にはヒンドゥー教徒とイスラム教徒がいましたが、お互いの教義の違いから対立していました。
インドのイギリスからの独立を指揮したガンディーは、ヒンドゥー教とイスラム教の融和を説きましたが、イスラム教に譲歩しすぎているとしてヒンドゥー教至上主義者に暗殺されてしまいます。
1947年インド帝国がイギリスの植民地から解放されるに伴い、ヒンドゥー教のインド、イスラム教のパキスタンに分裂し、今なお、宗教的理由からの対立が続いています。
ヒンドゥー教はカーストによる差別や女性の社会的地位の低さなど、近代的な思想とは相いれないものも多く存在しています。
カーストによる差別は1950年に憲法で定められましたが、未だに根強く残っているのが現状です。
また、女性の差別についても、未だに男性優位の思想は残っているものの、女性の社会進出を支援する政策が行われ、古い価値観が刷新されようとしているのが現状です。
以上、インドを発祥とする2大宗教について基本を説明いたしました。
世界的にも信者の多い宗教であり、仏教は日本でも重要視される宗教であることから基本的なことは知っておくとよいと思います。